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2021.07.05

日常の違和感

こんにちは、営業スタッフの福井大樹です。


日本はここ数年必ずこの時期になると、各地で災害に見舞われていますね。静岡県の熱海市の土石流災害は報道で観ていても恐怖を感じました。自然の猛威の前では、我々人間の力や存在がいかに小さなものか痛感させられます…。環境破壊の影響がこういった形で、我々人間にしっぺ返しをしているのかもしれませんね…。いささか他人事のように聞こえてしまうかもしれませんが、被災された方々の生活が、少しでも早く元に戻れる事をお祈りいたします。


また、ちょうど一週間前の6月28日に起きた、千葉県八街市で起きた60歳の男性の飲酒運転による小学生児童5人が死傷した事故も何とも痛ましい事件でした…。飲酒運転に関しては、かなり厳罰化されているにもかかわらず、依然としてこんな事故が起きるとは、やはりどこかに”自分は大丈夫だろう”という油断のあるドライバーがまだまだ潜在的にいるという事なのでしょうね…。更に少し視点をずらしてこの事件を見た時に驚いたことは、事故を起こした60歳の男性の両親が、顔を映さない状態で報道記者のインタビューに答えていたという風景です!?確かに報道関係者からすれば、事件を起こした当事者の親族からコメントを取りたいという思惑があるのが理解できますが、事故を起こした男性の年齢を考えれば、恐らく両親にあたる二人の年齢は80代半ばぐらいではないかと思われます。この年代になって、身内の不祥事に対して見解を述べないといけないというのは、ある意味酷な話だなぁ、と感じました。事故を起こしたこの男性はとっくに分別のある”いい大人”です。お孫さんがいてもおかしくはない年代です。両親の影響力からは既にかけ離れたところにいる存在ではないかと思うのです。だからこの事故が起こった後にマスコミがこの男性の両親にコメントを求める姿勢というか視点に違和感を感じました…。


加えてこういった死傷事故が起きてからマスコミは、通学路の安全性を検討し、危険性のある箇所をあげつらい、事故地点へのガードレールや歩道橋の設置を求めます。次に世論の要望を受けて行政は、こういった事故が起きてからガードレールや歩道橋、また歩道の設置等の対策を行うといった対応を行ったりするのですが、違うと思います。


現在は車社会です。この現実は覆せるものではありません。ビジネスにおいてもプライベートにおいてもクルマを切り離して考える事は出来ない時代でもあると思うのです。ですから先ずはクルマを運転するドライバー各自へ、安全走行を行うための意識改革を呼びかけたり、他人を死傷させてしまえば、自分の人生を傷つけてしまうといった危機意識を自覚させることを訴求することが先ずは必要なのではないでしょうか!?


自分の人生は自分のものであって、自分だけのものではありません。自分に関わりのある多くの人たちの人生にも影響を及ぼしてしまうのです。



こういった感覚を抱く私の感性はおかしいでしょうか…!?



私も車を運転する側の立場の人間です。車を運転することは好きですし、スピードを出して軽快に走る爽快さと流れていく風景を横目に見ながら運転する楽しさは、20代の頃から変わらず今でも楽しく感じるものです…。
ですが自己を律することが難しい飲酒後の運転に対しては、絶対にダメだという意識があります!お酒を飲んだらまともに車の運転なんか出来ないという強い意識は持ち合わせています。そしてもし自分が社会のルールを破り他人を傷つけてしまえば、自分を支えてくれている人たちの人生すらも傷つけてしまうかもしれないという自覚はまかりなりにも持ち合わせています…。


現代は日々色々な事件・事故・ニュースが毎日のように入れ替わり立ち代わり起こって、あっという間に過去のものとなってしまいます…。先日テレビで特集番組があり、観ていて驚いたことがありました。柔道家の古賀俊彦さんが亡くなられたのは何と今年の3月24日だったんですね!?もっと前の出来事だとばかり思っていたので、自分自身の時事ネタへの疎さに改めて驚いてしまいました…。



ですが今回の災害であったり、痛ましい事件・事故などは、日常の感覚から記憶が遠のいたとしても、忘れてはいけないものですよね…。